めぐる季節の片隅で
目の前に置かれた白いプレートには、メカジキのソテーと秋野菜のグリルが盛り付けられている。置かれたときには出来立の湯気が立ち上っていたのに、いつの間にか消えていた。
このまま冷めていくのをただ見ているしかないのは、少しもったいない。かといって、手を付ける気にはなれなかった。
次郎は誰も座っていない隣の席をちらりと見て、小さくため息をこぼした。
「ナツさん、まだ来ないの? ジローさん、一回くらいガツンと言ってやった方がいいよ」
この店の主である木崎が、カウンターの中からしかめっ面を向けてくる。次郎は苦笑いで返した。
トレードマークのモヒカンから一転して、髪を短く整えた木崎は、近寄りがたい雰囲気が嘘のような好青年に変身している。店に女性客が多いのは、フレンチという理由だけではないだろう。
凛々しい目元や、すっと上に伸びた眉は以前のままなのに、髪型だけでこんなにも印象が変わるのかと、次郎は内心かなり驚いた。
「久しぶりのデートなんだろ? 遅刻するなんてあり得ねーって」
「今週は疲れていたから、もしかしたら寝ているのかもしれませんね」
同棲しているから、毎日顔は見ている。それがたとえ寝顔だけであっても、次郎は隣に猫のように丸くなって寝ている夏樹を確認する度に、満ち足りた気分になれるのだ。
せっかくの休みにわざわざ出掛けることはないと言ったが、最近日常がマンネリ化している夏樹は今日の外食を譲らなかった。
ワイングラスを傾けて、底に残った赤い液体を一気に飲み干すと、次郎はビールを頼んだ。
「だって、誘ったのナツさんだろ? 誘っといて寝てるなんて自己中にも程がある。電話して起こせば?」
「なんとなく、予想はしてましたから。最近疲れてるみたいですし、寝ているならそれでいいかと」
毎週水曜日は、夏樹のバーの休業日だ。公務員の次郎と休みは合わないわけで、予定が決まれば久しぶりのデートはかなり嬉しい。
しかし、夏樹の溜まっている疲労を考えると喜んでばかりもいられない。複雑な気分だ。
次郎は顔を上げると、木崎に笑顔を向けた。
「寝てるところを起こしたら、申し訳ないですから。ナツには何か、お土産を買って帰ります」
朝から浮かれていた自分を思い出して、苦笑がもれた。同僚の女性職員にも「栗木さん、今日はデートですかー?」と言われてしまったほどだ。
自分は喜怒哀楽が顔に出ないと思っていたのに、夏樹と出会って、それは違うのだと気付かされた。
キメの細かい泡を丁寧に注ぎながら、木崎は珍しいモノでも見るような視線を向けてくる。冷えたビールを受け取ると、次郎はすぐに口をつけて冷たい感触を喉いっぱいに味わった。
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